アクセス数は書いた記事に比例するらしい

ほとんどグーグル様からかもしれませんが、アクセス数は書いた記事数にほぼ比例してる気がする。

AIかなんかで100万本の記事書いたら100万ヒットになるのかな。ページランクは評価されないでしょうけど。。。

アクセス数とかヒット数とか考えると、いかにグーグル様の思惑通りに動かされてるかということがわかる。

結局、検索という考え方、もっと言えば知りたいことに対する答えを沢山のゴミの中からいかに抽出するかっていうのが決めてだったんでしょうね。逆にグーグル様に評価されやすい記事が量産されていてその動機はお金。ただし、グーグルはそとお金を広告で回収しており自分の金ではないというスマートさ。

そのうち単語で検索するより知りたいことを集合知的な何かに問いかける感じが普通になるのではと思うし、siriとか考えるともうそうなってるよね。まだsiriはおバカだけど「渡部がオススメしてる新橋の焼肉屋教えて」とかすぐに答えてくれるように進化しそう。というか早くなって下さい。

男が成長するときはいつなのか

いい年ですけど、男性って結局18歳くらいで精神的な成長止まるんじゃないかと思います。まさに身長が止まるみたいに。

社会の一員としては経験を積むことでそれなりにこなれてきます。会社とか社会との距離感も適度にわかってきますし、そういうのはちょっとしたトラブルの回避に繋がると思います。

でも、今でもゲーム好きだとか、漫画好きだとか、昔聞いた音楽から志向が変わってないことに気づくと、果たして自分の中の自分という幹が全然太くなっているのだろうかと意味なく不安になります。むしろ好きだったものに興味がなくなったり、自由に使える時間が減っていく中では、自分がやせ細っていくような感覚すらあります。

こういうのは成長とは言わないでしょうね。人生の大きなイベントは結婚とか子供ができるとか近しい人が亡くなるとかがあると思いますが、自分が幸いにもそうしたイベントを経過していないただの甘えっこだからというのが理由なのかもしれません。

思うがままに沢山書くこと

仕事以外で、自分の考えや思いをアウトプットする機会はあまりなかったけれども、たまたまブログでも書いてみようかと思って色々書いていくと、そもそも自分が思っていた以上に自分の考えが文章になってきているように感じる。

質が高い文章が書けているわけではなくて、書いている文章を後で読み返してみると、思わぬ自分が行間から出てくるような気がする。ちょっと怖い。

でも、思うがままに沢山書く作業はとても大事なことなんじゃないだろうか。もちろん個人的な日記に書けよってこともあるだろうけれども、そもそも音楽だって売れ線の音楽には必ずアンチが出る訳で、ごくごく個人的な経験なんかをそれなりにひっそり書いていくことも悪いことではないような気がする。

今は、SEO対策されたブログが上位に来ますけど、はてなダイアリーができた頃はまだテキスト系だったけな?と呼ばれる人々しかいなかったような気がします。そういうのをよく読んでいたので、今の状況に違和感を感じるんでしょうかね。

フロー体験をどうやって得るか

学生の時は、誰でも寝食忘れて夢中になったことが一つはあったと思うのだけれど、それなりに年を取ってくるとそもそも集中することが難しくなってくるので、夢中になる機会が激減してくるように感じる。

日々生きていく中で、充実感を得ながら生活してくためには、仕事やプライベート、例えばブログの記事を書くことなどもできるだけ効率を上げながら進めていくことが大事だと思っているけれども、なかなか難しい。

ただ、一つ思うのは、ある程度ルーティーン等が整備されているとフロー体験(=夢中になる)に入りやすいし、逆に何か悩みなど抱えていて気が散っていると、集中すら難しいということになる。

自分が思っている以上に、自分の精神衛生状態が自分のアウトプットに影響しているし、自分の状態を正確に把握するのはとても難しい。

年を取っていく中で、生活のクオリティをそれなりに維持していくために本当に大事なのは、自分の精神衛生状態を良好にキープすることだったり、気づかずにだんだん衰えていく集中力などを適当にメンテナンスしていくことなんだろうと思う。

100記事と100万字

ブログを書くときに、なんとなく100記事くらい書いてみようかと思っていたのだけれども、書いてみると結構大変だと感じる。数百字程度の記事を、その時に自分が思っている事を思うがままに書くならば、そんなに時間をかけずにかけるのだけど、一日5記事書いても20日続けなければ100記事にならない。100万字の方はもっと大変で、2,000字の記事を500も書かなければならない。

ゲームのようにはてなにトロフィー作ればいいのにね。そうすれば、個人の励みにもなるし、いいペースメーカーになるような気がする。

 

検索でたどりつけない記事

気ままに記事を書いて、ふとアクセス解析を見てみると40アクセスぐらいされていた。ほとんど自分でアクセスしたものかもしれないが、こうして自分で書いてみるとアクセスされない記事が結局ほとんど存在しないものだということがよくわかる。誰にも見られてないんですよね。

(お気に入りのスニーカーで初めて一つ☆頂いて恥ずかしかった)

 

でもグーグルで自分の記事に含まれてるキーワードをいくつか叩いてみると、既に把握されていて適当なところに出てくる。一体全体グーグルってどうなってるんだろうか。暇なのか。

 

実際に把握されてみると、やっぱり上位に表示されたらいいなあと思うようになる。なんでなんでしょうね。それこそ記事の価値をランクされたからなんでしょうか。

こうなると、検索でたどりつけなくて、でもめちゃくちゃ面白い記事なんて存在しないような気がする。そういう記事は既にクローズドで課金されるような記事なんでしょうね。

コムアイとヨンス

どうでもいいんですけど、人の名前の響きに惹かれる方でして、コムアイとヨンスの名前の響きの良さに驚愕してる。今っぽい(死語) 。

二人のキャラクターも何系に偏らない感じでニュートラルなところが今っぽい(死語) 。

サチモスはオリジナルラブっぽいって聞いたんだけど、完全に別物のように聞こえた。荒っぽさとかゴツゴツした感じが全くなくてスムースで聞きやすい。色のない感じが今っぽい(死語)んだろう。