閉じてる有料記事は情弱ビジネス

細切れにした情報商材に見えるのですが、どうなんでしょう。

もともとノウハウ教える系の記事は当然事前に読めないので、買ってみてあたり外れがあるものではあると思うんですが、いくらが適正かどうかなんて誰にもわからないので、「あんまり稼げない情報商材化」してしまうのは必然のような気がします。

情報格差があるのに「自己責任」の名の下に選択をさせておいて、情弱呼ばわりするのはアンフェアだと思うし、長期的には信頼を失う定めだと思います。

だから焼畑農法的に稼ぐのかな。やっぱり合理的なんだね。

30記事書けた

今気づいたけれども、「死ぬまでにやりたい100の事リスト」を作って、それを一つづつ記事にしていったら100記事余裕じゃなかろうか。

お題があると何かと書きやすいですよね。

誰も読まない記事にどんな価値があるのか

ブログで記事を書いてみると、このネットの片隅でさえ少しは読んでいただける機会があるということがわかる。

もし、ネットがない時代に、自分で小説を書いていたりしたらどうだったのだろうか。文学賞に応募したり、出版社に持ち込んだり、友人に見せたりして他の人の目につくこともあるだろう。ごく私的に書いて葬り去られたものも多かったのかもしれない。では誰にも読まれなかったり、ごく限られた人にしか読まれなかった小説は価値がなかったのか。

文章がどの程度私的(private)から公的(public)かはその文章の価値に影響しないような気がする。子供が母親に初めて書く手紙はその母親にとっては貴重なものであるだろう。価値の中にも商業的な価値と、読み手の価値は同一ではないから。

そうすると、誰も読まない記事であっても、自分が読み手で価値を感じればそれで書いた意義はあるのではないか。書くということはその行為自体が書く価値を感じてのことだから、読まれない記事であってもよいと考えるのはおかしいのだろうか。

 

 

 

 

RAINBOW2000に行ったことがある

もうあまりに昔の話すぎて記憶があいまいで、自分でももしかしたらねつ造された記憶を埋め込まれたのではないかと思う時があるが、昔の記憶を思い出す意味でも書いてみたい。

 

今でこそ、様々な音楽フェスが各地で開催され、気軽に参加できるものになっているけれども、20年くらい前までは大した音楽フェスなんてなかったように思う。

あのフジロックフェスティバルも、そもそも第1回目が97年の富士天神山スキー場で行われていて、確か悪天候で2日目は行われなかった。当時のrockin'onに参加者のレポートが乗っていて、初の大型フェスの高揚感と、悪天候による悲惨な状況が細かく報告されていたように記憶している。

RAINBOW2000も同時期に行われたフェスで、踊りまくりのレイブイベント、オールナイト、富士山にあった日本ランドHOWゆうえんちというシチュエーションだった。

僕はそれほどテクノとかレイブに興味はなかったのだけれど、電気グルーブからテクノにはまっていた友人に誘われて参加したのだった。多分97年に行われた2回目だ。

今でも不思議に思うのだけど、どうやって現地までいったのか、どうやって帰ってきたのかあまり覚えていない。そのレイブで友人と一緒にいた記憶さえあいまいだ。これが自分の記憶を疑う原因である一つである。

ただ、たしか24時近くに、メリーゴーランドがある広場で、Hardfloorがプレイしていたのを踊りながら聞いていたのをぼんやり思い出す。確か軽く雨が降っていたような気がする。

あれだけの熱量があるレイブで、全く事前知識のない人間がそれを経験したら、人生が変わるような影響を受けたりするものだが、今思っても不思議なほど影響を受けなかった。ただ目の前で行われていることがあまりに非現実的過ぎて、自分で消化できなかったのだと思う。

その後、僕をそのライブに誘ってくれた友人とは疎遠になってしまい、僕にはRAINBOW2000の話ができる友人は一人もいなくなってしまった。また、ネットもない世界ではそうした経験を語れる人もいなかった。

あれから20年近くたって、EDMのような音楽が人気を博すようになり、それに関連した記事などを読むと、あの時の記憶がぼんやりと顔を出す。記憶が失われていくたびに、若い自分も少しづつ失われていって、いずれ擦り切れてなくなっていくのかなと思う。

【発見】手塚治虫の描くおっぱいはGカップ

間違いない。飯島愛型。ソースは「シュマリ」。

iphone7が良すぎる

携帯をiphone7に変えて良かったこと。

・全てにおいて動作が早い

・アンロックの手間が省ける(Touch ID)

・サイズ感がとてもよい。片手で使える。

良くなかったこと

iphone間の引継ぎに予想以上に時間がかかった

・イヤホン端子廃止。bluetoothのヘッドホン、イヤホンは過渡期で決めてにかける

 

全体的に満足で不満はありません。2年でこんなに携帯が良くなるなんて驚愕。もっと機種変更の引継ぎが簡単で、車のように下取りがそれなりにでれば、正直もっと頻繁に変えたいと思った。

石坂浩二版の犬神家の一族

年末の笑ってはいけないシリーズで定番となっている白マスクの佐清(スケキヨ)ですが、元ネタである犬神家の一族を一度も見ていなかったので、せっかくなので見てみようと思いました。

もともと横溝正史犬神家の一族」は1972年に出版され、映像では1976年の監督市川崑、主演石坂浩二の映画版が有名です。

今回たまたま図書館で所有してたものがあったので、それを見ることにしましたが、まあものすごい上質で引き込まれる映画でした。今の人が見ても十分楽しめると思うし、役者の方の重厚感のある演技に圧倒されます。

まず、いくつかお約束のネタを確認しようと思ったのですが、お笑いで使われている白マスクは重要なトリックの小道具として使われています。ジェイソンのホッケーマスク的なものかと思っていたらそうではなかった。

あと、犬神家ではおなじみの湖から足だけだしているシーンは一瞬です。あれは当時の小学生に流行ったそうですが、宣伝のポスターの影響とのこと。

それよりも、島田陽子さんの神々しさがやばいです。今でも十分トップレベルで通用するような清楚なルックスと身長171センチの抜群のスタイル。40年前の映画だと思えません。ちなみに物語後半でさらっとちらっとぽろっとされております。ありがたい。

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主演の石坂浩二はまあ普通。三枚目感とシャイな感じの演技は上手だったと思うのですが、いかんせん他の役者の凄みにかすんでる感じです。

こうした優良なコンテンツをもっと気軽に見たいです。権利関係もあって難しいのかもしれないのですが、映像は音楽に比べて過去の作品へのアクセスが比較的難しい気がします。